カナモジカイその1

このサイトで表示させている文字はオリジナルWEBフォントプラグインです。文字の由来を簡単に紹介します。

カナモジカイ

かつて日本語には、漢字廃止論を唱えられていた時期があり、大正9年に漢字を辞めてカタカナだけに表記するという「カナモジカイ」という団体が「ヤマシタヨシタロウ」によって発足されました。「漢字は普通教育だけでも4-5,000字もあり、それぞれの漢字には複数の読み方もあり、字画が多く、煩雑で紛らわしく同音異語が多すぎる。音声ではわかっても漢字をはっきり思い出せない、元来文字は知識を伝達する手段に過ぎないのだからその習得のために多大な期間を費やすのは『我が国の教育容易ならざる点である』」と主張しました。以下、昭和8年のカナモジカイ声明文引用。

全國民 ニ ウッタエル
漢字中毒 ノ ワザワイ ニ メザメヨ
カナモジカイ ノ 運動 ヲ モリタテヨ

義務教育ニ オイテ、 子供ノ 精力 ノ アラマシ ワ 漢字 ヲ オボエル コト ニ ツカワレテ イル。ソレニモ カカワラズ  小學校 ヲ デタ ダケ デワ、ハガキ 一枚 スラ マンゾクニ 讀ミカキ ガ デキナイ。敎エカタ ガ ワルイ ノデワ ナイ。子供 ガ ナマケル タメ デモ ナイ。オボエラレナイ ヨウニ デキテ イル 文字 ヲ オボエサセヨウト スル ノガ マチガッテ イル ノダ。

國語 ワ 民族 ノ 精神的血液 デ アル。支那語 ヲ ウツス タメニ ツクッタ 漢字ガ、マルデ シクミ ノ チガウ 日本語 ニ 適ス ハズ ガ ナイ。支那人 ワ 単綴語族 デ アリ、日本人ワ 複綴語族デ アル。支那語ワ 孤立語デ アリ、日本語ワ、 附着語デ アル。日本語ガ 漢字ノ タメニ シダイ ニ カキミダサレテ ユク 事實ヲ ミノガシテ オイテ ヨイ カ。

漢字ガ 教育ヲ サマタゲテイル・・・・ト ユウ コト ワ、トリモナオサズ 日本ノ 文化ヲ サマタゲテ イル コト ニ ホカナラナイ。漢字ガ 國語ヲ ミダス・・・ト ユウ コト ワ、國民思想ヲ カキミダシテ イル コト ナ ノデ アル/コノホカ 能率 ノ 上ニ、印刷 ノ 上ニ、眼ノ タメニ、海外発展 ノ 上ニ 等々、漢字 ワ 社会 ノ アラユル 方面ニ ワザワイ ヲ カモシテ イル。コレ ヲ トリノゾク タメニ 全力 ヲ ツクシテ イル ノガ カナモジカイ デ アル。

カナモジカイ ワ 空論ヲ モテアソブ 團体 デワ ナイ。實社會 ヲ 一歩 デモ ススマセル コト ニ ツトメル。大正9年 ノ 創立以来、タエザル 努力ワ 年ト トモ ムクイラレツツ アル。商工省ワ 産業合理化ノ 一科目 ニ カナモジカイ ノ 主張 ヲ   採用シタ。カナモジ タイプライター ワ 各方面ニ 事務能率ノ 革命ヲ モタラシツツ アル。商業 ノ 宣傳戰ニ、アタラシイ 文學ノ モリタテ ニ、ハナバナシク ススミユク カナモジ!

會員 16,000名 アマリ、海外各地ヤ 内地 イタル トコロニ 支部ガ モウケラレ、運動ニ、研究ニ、實行ニ マスマス メザマシイ アシナミ ヲ シメシツツ、カナモジカイ ワ 全國民ニ ヨビカケル・・・

カナモジカイ ヲ ツカエ、カナモジカイ ノ 運動ニ クワワレ!
カナモジカイ ノ カイイン ニ ナレ!

カナモジカイでは「カナノヒカリ」という冊子が定期刊行されていました。当店では昭和初期から平成までのほぼ全巻や関連文献を揃えており、昭和初期当時〜昭和30年台頃のカナモジ設計思想を研究ベースにしてフォント設計をおこなっています。

カナノヒカリカナノヒカリ
1956年のカナノヒカリ。メンバーである産業能率大学創立者「上野陽一」と、伊藤忠商事創始者「伊藤忠兵衛」の寄稿。

カナモジカイの第二代会長も務めた伊藤忠兵衛は、企業事務の合理化を推進しカナモジに徹底すべきであると主張しました。当時の国会議員の間でも日常使用の文字は表音文字である「カタカナ」にすべしという宣言がおこなわれ、煩雑な漢字が如何に非能率的で欧米から遅れているのであるかが真面目に論じられました。
ハングル
隣の韓国では、政府が漢字を廃止し、ハングルタイプライターを使っているので合理化されているというような記事(1966年)。

武蔵野市役所
1959年の記事。カナモジカイ武蔵野支部の活躍によりいち早くカナモジタイプライターが導入され、水道料金の徴収などで合理化が図られた武蔵野市役所の快挙という内容。機械化による経済効果などが数字で細かくカナモジで紹介されている。

カナノヒカリ
昭和十年頃のカナモジカイ発行のカナノヒカリ。全てカタカナで表記し、単語ごとに区切る分かち書きという手法で活字化されている。

カタカナのデザイン

カナノヒカリ
カタカナのデザインはメンバーによる様々な実験的手法が行われ、時代の変遷とともにいくつものバリエーションが作られていた。画像は昭和十年頃の初期の設計モデル。

カナノヒカリ
昭和15年、ミキ イサムによる「ジタイ ノ ケンキュウ」。サルハシ、アンダーウッド(カナタイプライター)、タカ、ホシ、スミレ、三省堂。

カナノヒカリ
現存するフォント会社の一つ、モトヤによる代表的な書体「アラタ」。カナモジカイ活字見本帳。

カナノヒカリ
ベントン活字母型彫刻機製造販売元モトヤによるアラタ設計図。

共通一次テスト
比較的新しいところでは私の大学受験時代、昭和の大学共通一次試験の受験票にもカナモジカイの痕跡を見ることができます。カナモジタイプライターで表示。

タイプライターでメニュー打ち
今でも動くカナモジカイの成果物であるカタカナタイプライター。ザグリ珈琲店内に置いてあります。

アンダーウッドタイプライター
昭和初期頃のカナタイプライター広告。このタイプライターの実用プロダクト化はアンダーウッド社が第一号であり、カナモジカイ創始者の山下芳太郎の尽力が大きい。

平仮名タイプライター
珍しい平仮名タイプライター。これもザグリ珈琲店内に置いてあります。

アラタ
モトヤでは1960年代には平仮名活字も販売された。カタカナのような上下の強弱はなく端正に整っている。

作図中の文字

カナモジカイ
日本語は正方形の中に規則正しく収まるようになっていますが、カナモジカイの思想では、英語のように上下に強弱をつけるアセンダーとディセンダーの概念が取り入れられています。当サイトの文字はさらに平仮名にもアセンダーディセンダーの上下強弱の概念を取り入れ新たに追加設計し、ユーザー側デバイスの内臓漢字を合体させる高速表示手法をとっています。日本語は読みやすさを追求していくと端正で抑揚のないシンプルなデザインになっていきます。よく言えば優等生的な文字になります。これは可読性を邪魔しないという意味では正しいですが、昭和初期にすでに完成されていたようなカナモジの設計は、一文字一文字は劣等生のようなゴツゴツした文字で非常に個性的ですが、同形状のグリフごとに骨格を形成し、横線の揃いを徹底しているため単語や文章として配列された場合は、可読性が高まります。私はそうした考えをベースにして、これらのフォントをデザインしています。

FGプチ明朝